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いい加減やめないか。米中朝韓 

 既に多くのブログで扱われている問題で、いまさら小生がどうこう書こうと他のブログの知識には適わないので多くは書かない。しかし日本人としてこの問題には一言申しておかねばという気持ちでいるので申し上げたい。
 
 果たして慰安婦の強制連行などに日本軍が加担したのか。それは私自信で検証した訳ではないので正否の判断は下せない。しかしだ、所謂従軍慰安婦問題を主張する中国・韓国・北朝鮮などは、主張するにあたってその証拠を示したのだろうか?人の証言だけでは証拠にはなり得ない。それを承知で主張しているのか?強行な主張をするだけの証拠を是非出してもらいたいものだ。20万人とはどこから出た人数なのか等々疑問は多数ある。

私は中朝(韓国も含む)もさることながらアメリカの態度が腹立たしい。
中朝の主張を鵜呑みにした米下院議員のマイク・ホンダ氏が、例年通り慰安婦問題での日本糾弾決議案を提出したのである。彼はただの正義漢ではなく、中国・韓国系の反日団体からの多額の献金を受けているという問題議員なのである。彼の支持基盤がアジア系であり、このパフォーマンスも選挙の票のためである事は明白なのである。

ソースはこちら↓
産經新聞 3月15日付記事
http://www.sankei.co.jp/kokusai/usa/070315/usa070315001.htm

しかし解せないのは米マスコミの一貫した日本批判である。しっかりとした検証がなされていないこの問題をあたかも真実である事のように報じるとは非常に腹立たしい。全く関係の無いアメリカに言われるだけでも片腹痛いが、原爆で多くの人命を奪っておきながら未だにそれを肯定している国にだけは言われたくない。無論原爆での惨事は事実である。

日本も日本である。中国が怖いのかアメリカが怖いのか知れないがなぜハッキリと言わない。一言「もう一度検証してみようじゃないか」と。事実がハッキリする事が怖いのか?それともアメリカに見捨てられるのが怖いのか? 先日の「TVタックル」での知識人の情けない事といったら。「河野談話まで撤回したら親日のアメリカ人まで反日なってしまうではないか。」「謝った方が良い」「河野談話を継承すべき」といったような内容の発言があった事には呆れるばかりである。安倍首相においても然りである。中国を意識しての「河野談話」の継承発言はやむなしとしても、ここへ来ての曖昧な発言は止めておくべきであった。安倍首相も政治家として色々な配慮があり大変であると思うが今回もいただけなかった。

 もはやこの問題を解決するには政治では不可能である。いち早く歴史事実を突きつけ、慰安婦問題に終止符を打つべきである。

 

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イジメ・ポイ捨てはウンコをする事よりも恥ずかしいんだぞ運動 

 ~今日は少々不真面目で少々下品な記事です。軽く読んでください。~
 
 イジメをしてはいけない、ゴミをポイ捨てしてはいけない。これらは皆が幼少の頃から言われてきている事だろう。少なくとも筆者は言われてきた。

 しかしイジメやポイ捨てなどは無くなる気配はない。筆者にもポイ捨てやイジメの経験が無いとは言えないが、昨今のいじめの陰湿さには背筋がゾッとする。ポイ捨てにおいても然りである。独身でなければ恐らくは子の父であろう中年の男性が、堂々とタバコの吸い殻を捨てる行為を、私はよく目の当たりにするが、一体家庭ではどういう父親なのかと呆れてしまう。ここで注意できない筆者の臆病ぶりにも呆れてしまうのだが・・・orz  

 いじめが起き、自殺者が出るとメディアは一斉に騒ぎだす。そして親・学校・教育委員会・国での罪の擦り付けが始まる。結局のところこれは、大人の子供に対する責任の放棄である。その大人達が口を揃えて言う事は「イジメはしてはいけない!」「死ぬな!」「いきていれば・・・」の決まり文句である。子供達もそんな事は百も承知であろう。そんなことだからまたイジメが起き、自殺者がでる。そして・・・の繰り返しである。「~してはいけない!」がどれほどの効果を上げているのかは大いなる疑問である。
 ポイ捨てにおいても、テレビCMや大人の注意・ポスター・立て看板の効果がどれほどのものかは、皆さんの身の回りを見ていただければ、それがいかに無力であるか理解していただけるものと思う。
 

 今までの努力が無駄だとは言わない。声をあげ続ける事は大切である。しかしそれでは不十分であるから新たな方法を考えてみる必要があるのではないだろうか。

 そんな事を考えているときにふと思い出したことがあった。それは筆者が小学校に通っている頃のことである。幼い筆者は便意を催したが近くのトイレには行けず、離れの校舎の人目につきにくいトイレに駆け込んだ。なぜなら、近いトイレに駆け込めばそれを同級生に見られ、「○○がうんこしてるぞー!」などとからかわれる恐れがあるからである。(筆者体験済み)そのため、かなりの児童が我慢をするか、もしくは筆者同様離れたトイレでこっそりと用をたしていたのである。実際に我慢の限界を超えお漏らしをしてしまった友人もいた。
 これは今現在も続いている問題である。問題の原因は、単純に臭いや音を気にすることからくる恥ずかしさや、からかわれる事を恐れるなどがある。筆者は子供と接する機会を持っているので子供に話を聞いていてもやはり学校でするのは恥ずかしいそうだ。排泄は生物のあたりまえの行為であるのに小学校中高学年の児童にとっては恥ずかしい行為で意地でも学校では大便をしないのだ。
 羞恥心の力たるや恐るべしである。

 イジメやポイ捨てに対する意識を”学校での大便”レベルまで持ってくる事ができれば、なかなかの効果をあげられるのではないだろうか。会津藩 日新館の教えに「ならぬことはならぬものです。」とあるように、してはいけない!という教えは無論大事であるが、それだけでは押さえられない世になってしまったのである。時代に合う方法を探してみなければますます学校は荒廃してしまう。保護者・学校・地域社会・国が一緒になってこの運動を展開すれば必ずや効果をあげるであろう。

  しかし恥ずかしさをものともしない強者が現れたらどうするのか・・・ 研究の余地ありか。。

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