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悪逆国家韓国 ベトナム戦争での蛮行 反省はしません。 

韓国人はベトナム戦争での韓国軍による残虐行為について

皆さんはもうすでにご存知と思うが、復習をかねて載せます。


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私の村は地獄になった


韓国軍がベトナムで行った残虐行為の
被害者たちが真実を語りはじめた



ロン・モロー(バンコク支局長)

 今から33年前の1967年4月1日。グエン・バン・トイはびくびくしながら、ベトナム中部フーイェン省の水田で働いていた。
 当時、この地域では韓国軍が大規模な作戦を進めていた。韓国兵は農民を力ずくで追い立て、南ベトナム政権の支配下にあった沿岸部に無理やり移住させていた。
 だが、多くの村人は移住を嫌がった。トイのビンスアン村を含む5カ村からなるアンリン郡の農民も、先祖代々の土地を捨てるのは気が進まなかった。
 トイが農作業を続けていると、いきなり機関銃の銃声と手榴弾の爆発音が響いた。音がしたのはビンスアン村の方角。トイはあわてて身を隠し、あたりが暗くなるまで動かなかった。
 村に戻ったトイが目にしたのは、身の毛もよだつ光景だった。家は黒焦げになり、少なくとも15人の村人が血の海に倒れていた。多くの遺体は銃剣で腹を切り裂かれていたと、トイ(71)は言う。
 そのなかには、トイの妻と3人の子供の遺体もあった。生後4日の末の子は母親に抱かれたまま、背中を撃ち抜かれていた。4歳の娘ディエムは銃弾を5発受けていたが、奇跡的に命をとりとめた。
 トイは遺体を近くの防空壕に運び、入り口を泥で覆った。ここが、そのまま墓になった。トイも他の村人も、「あまりに悲しすぎて」犠牲者を改葬する気にはなれなかったからだ。

理由なき無差別の殺戮

 韓国軍がベトナムに派兵されていたのは1965~73年。こうした残虐行為のねらいは、ベトナム中部の3省(ビンディン、クアンガイ、フーイェン)から農民を移住させて人口を減らし、ベトコン(共産ゲリラ)の勢力伸張を阻止することにあったようだ。
 現地の自治体当局者によると、立ち退きを拒否した人々は、韓国軍の手で組織的に惨殺されたという。しかも犠牲者の多くは、老人や女性、子供だった。
 歴史の闇に葬り去られていた虐殺の事実に再び光が当てられたのは、勇気ある韓国人研究者、具秀ジョン(ク・スジョン)が行った調査のおかげだ。彼女は韓国軍による大量虐殺の詳細を記録したベトナム政府の文書を発見した。
 生存者の証言によると、虐殺は理由なき無差別殺人であり、多くはベトコンとの戦闘が行われていない時期の出来事だった。
 グエン・フン・トアイ(46)もビンスアン村の虐殺と同じころ、アンリン郡の別の村で危うく殺されかけた。
 当時13歳だったトアイは、韓国軍が家に近づいて来るのを見てすぐに逃げた。近くの畑に隠れて見ていると、韓国兵は村の家に次々と火をつけ、母親と祖父母、弟と妹、そして近所の人々に暴行を加えたという。
 韓国軍は、トアイの家族を含む11人ほどの村人に銃剣を突きつけ、防空壕に追い込んだ。残りの12人ほどは、穴の外に立たされた。次の瞬間、何の前ぶれもなく銃声がとどろき、手榴弾の爆発音が空気を引き裂いた。トアイはとっさに頭を隠した。
 硝煙が消えたとき、すでに韓国軍の姿はなかった。トアイは急いで家族がいた場所へ行った。
 防空壕の前には、穴だらけになった血まみれの死体が並んでいた。防空壕の中も、誰かが生きている気配はまったくなかった。トアイは恐怖に駆られて逃げ出した。戦争が終わった後も、ここへ戻ることはできなかったという。

見つかったのは肉片だけ

 「みんな、村を離れたくなかった。私たちにとって、家や土地や水田はかけがえのないものだ」。トアイはそう言って泣きだした。「でも、立ち去るのを渋った人間はみんな殺された。連中は村をめちゃくちゃに破壊してしまった」
 こうした残虐行為の結果、多くの人々がベトコンの陣営に加わった。67年、16歳のときに父親を韓国軍に殺されたブイ・タイン・チャムもその1人だ。
 チャムは数人の韓国軍がアンリン郡の家に押し入る直前、裏口から脱出した。韓国兵は70歳の年老いた父親を捕らえ、防空壕に押し込むと、すぐに手榴弾を投げ入れた。チャムは日が暮れてから村にこっそり戻り、崩れた避難壕を掘り返したが、「肉片しか見つからなかった」という。
 それから数週間、物ごいをしながらさまよったチャムは、山岳部にこもっていた共産ゲリラに加わる決意を固めた。「父を殺した奴らに復讐したかった。韓国兵が村でやったことを見た以上、そうせずにはいられなかった」
 グエン・ゴク・チャウは83歳になった今も、憎しみを忘れていない。67年5月22日、フーイェン省ホアドン郡のミトゥアン村で農業をしていたチャウは、たまたま親戚のいる近くの村に出かけていた。
 そこへ前夜、韓国軍が村を攻撃したという知らせが届いた。大急ぎで帰ったチャウが目にしたのは、村人が井戸からバラバラになった遺体を引き揚げている光景だった。犠牲者のなかには、妊娠中の妻と4人の子供も含まれていた。

「首を切り落としてやる」

 虐殺を隠れて見ていた老人の話では、韓国兵は女性や子供を井戸に落とし、助けを求める声を無視して手榴弾を投げ込んだという。チャウは、盛り土をしただけの簡単な墓に家族の遺体を葬った。
 「殺されたのは女や子供ばかりだ。共産主義者なんかであるわけがない」と、チャウは言う。「韓国人は人間じゃない。目の前に現れたら、首を切り落としてやる」
 ベトナムで虐殺行為を犯したのは、韓国軍だけではない。アンリン郡から海岸沿いに北へ向かえば、68年に米軍部隊が500人以上の村人を虐殺したクアンガイ省ソンミ村がある。
 それでも戦争体験をもつフーイェン省の村人の間では、米兵の評判は必ずしも悪くない。地方公務員のファム・トゥ・サン(47)は66年のテト(旧正月)のとき、米兵と一緒に遊んだりチューインガムやキャンディーをもらったことを今も覚えている。
 だが米軍はこの年、フーイェンから引き揚げ、代わって韓国軍がやって来た。それから「67年のテトを迎えるまで、韓国軍は殺戮を続けていた」と、サンは語る。「韓国兵に会ったら、死に出会ったも同然だった」と、今は地元の退役軍人会の会長を務めているチャムも言う。
 アンリン郡の村人によれば、韓国軍はとりわけ女性にとって恐怖の的だった。韓国兵は残忍なやり方で女性をレイプしてから、殺すケースが多かったからだ。
 こうした残虐行為が明るみに出てきたことに、ベトナム政府は神経をとがらせている。
 虐殺があったこと自体は、政府首脳も承知している。だがベトナム当局は、虐殺事件の報告書が国内で発表されることは望んでいない。友好関係にある韓国政府はもちろん、ベトナムに莫大な投資を行っている大宇や現代、三星といった韓国財閥の不興を買うことを心配しているからだ。

補償より謝罪の言葉を

 さらに政府当局には、観光客としてベトナムを再訪する韓国の元兵士が増えている状況に水を差したくないという思いもある。だが、韓国軍の残虐行為を目の当たりにした地元の当局者は、観光や経済発展のために真実を隠すべきではないと考えている。
 地元が望んでいるのは、韓国政府の公的な釈明だ。たとえば韓国側から謝罪や罪を認める発言があれば、両国の絆はむしろ強まると、地元の人々は考えている。
 「韓国軍は、この地域にかつてない災厄をもたらした。犠牲者は銃を持てない老人や女性、子供たちだ」と、フーイェン省のある当局者は言う。「私たちが望んでいるのは、物質的な補償ではない。それよりも共感と友好の姿勢を示してほしい。犠牲者が過去を忘れられるように」
 韓国軍のために流された罪なきベトナム人の血の量を考えれば、なんとささやかな要求だろう。

ニューズウィーク日本版

2000年4月12日号 P.24

下記サイトより引用
 ・http://home.biwa.ne.jp/workers/room/talk1/messages/4414.html


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確認しておこう。このような蛮行が行われたのは1967年、40年前のことだ。


ベトナム駐留韓国軍に対する米軍側の評価報告書の内容を見てみる。
米軍の韓国軍評価はこうだ。

韓国軍は、ベトコンの待ち伏せを非常に恐れた」
「韓国軍は、現地警察の交通統制権限と道路遮断機能を奪い取ってしまう」
「多くの人々は、韓国軍よりベトコンの方が良いと話した。」
「米軍は、韓国軍の勇敢性を表現する場合、その残虐性も一緒に表現する。」
「韓国軍の人口統制方法は、むしろベトコンに対する同調者を増加させる要因になった。」
「韓国軍は、ビールを飲んではお金の支払いを拒否した。」
「韓国兵士たちが、ラジオ・ビール・牛肉・チーズ・鶏肉などを盗んだ。」



次に韓国軍がベトナムの罪の無い民に行った蛮行の類型を見てみよう。

-住民たち(大部分が女性と老人, 子供たち)を一ケ所に集めた後、あるいはいくつのグループにまとめて、機関銃を乱射して抹殺する.

-住民たちを一戸に追い詰めて銃を乱射した後、家と一緒に死亡者も生存者も全部燃やす.

-子供の頭を割ったり首をはね, 脚を切ったり四肢を切断して火にほうり込む.

-女性を強姦した後、殺害して, 妊産婦の腹を胎児が破れ出るまで軍靴で踏み潰す.

-住民たちを村のトンネルに追い詰めて毒ガスを浴びせて窒息死させる.

韓国軍の大量虐殺が強行された所では、子供たちの口にキャンディやケーキが含まされていた. 老人たちの口にはタバコが咥えられていた場合が多かった. 恐らく、村人を安心させながら一ケ所に集めるための手段だったようだ.



ハンギョレ21 1999年 05月 06日 第256号 より引用


非常におぞましい行為だ。もう一度確認しておくが、これはほんの40年前に行われた残虐行為だ。


さて、このような蛮行に対して韓国人は反省しているのか。

戦前の日本を狂わんばかりに批判し、日本に謝罪せよ!反省せよ!といっているのだから、反省しているに決まっているじゃないか!

・・・ さてどうだろう。


古いがこんな記事を見つけた。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー
国際結婚「韓国人、女性を商品のように扱う」…ベトナム
結婚相手を探しにベトナムを訪れた韓国人男性たちがベトナム女性を商品のように扱っているとベトナム新聞が報道し、現地で「反韓」を買っている。

28日、ベトナム有力新聞であるトオイチェによると今回の事態は韓国のある日刊紙が韓国男性とベトナム女性の国際結婚の実態を報道したのがきっかけになった。韓国のこの新聞は、21日「ベトナム女性たちの希望の地、コリアへ」というタイトルのルポ記事で現地仲介業者を通じて行われているベトナム女性と韓国男性の国際結婚事例を大きく報道した。特に韓国男性の前に番号札をつけて集まったベトナム女性たちの顔写真を載せ「韓国の王子様、私たちを連れて行ってください」という説明をつけた。

トゥオイチェがこの内容を自国の読者に詳細に紹介すると、ベトナム内の世論が急激に悪化している。この新聞が不法的な売買婚を告発するどころかベトナム女性たちのコリアンドリームを興味本位で報道したと現地の世論が形成されていると伝えた。

報道が出た後、ベトナム女性団体が立ち上がった。ベトナム女性連合会は27日、緊急指導部会議を開いて対策を論議した。ハティキエット会長は「韓国の総理室、女性部など政府機関と女性、市民団体にベトナム女性に対する人格冒涜的行動を中断することを促す建議書を発送することにした」と明らかにした。また同団体はホーチミン市と各省に国際結婚の実態を調査して斡旋業社を取り締まってくれという公文書を送った。これとともに「問題の記事と写真を載せた韓国の新聞に謝罪を要求することにした」と付け加えた。

トゥオイチェを含む現地のマスコミには韓国人の国際結婚現状と韓国に対しての抗議が続いている。ある読者は「韓国の人々が金持ちだからといって他の国の貧しい女性を冒涜してもいいのか」と話す。

反韓の雰囲気が高まるとハノイ駐在韓国大使館関係者がベトナム外交部とマスコミを訪れて代わりに謝罪した。

一方、韓国男性とベトナム女性の結婚は2001年 134件で昨年は5800件に急増した。

中央日報 2006年4月29日付記事

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反省してないと思ってしまうのは私だけだろうか。


韓国軍はベトナムに3万人以上の混血児を生み出した。

強姦・虐殺・強制的に慰安婦にすることは日常茶飯事。

慰安婦問題で怒り狂う韓国人はこの事実にどう答えるだろうか。

是非聞いてみたいものだ。

最後にもう一度確認しておくが、韓国軍による残虐行為は、ほんの40年前に行われたことだ。


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コメント

(´Д⊂ヽ うぅ


トラバお願いします・・・

どうぞ!

つくづく日本に入国させてはならない民族だということがわかります。本当におぞましい。

吐き気がしてきましたレイプ民族の朝鮮人ごときが慰安婦がどうこう人権がどうこう言う資格はない! 朝鮮人は分をわきまえよ!

ぼっくすさんコメントありがとうございます!

そもそもやつらに暴力、人権、レイプを語る資格は無いですね。人に言う前にまず自ら襟を正せと言いたい。

その前に、慰安婦問題などは朝鮮・支那人のでっち上げであるから、それを彼らが語る事すらおかしいのですがね。 
これからもよろしくお願いします。

我国もこういう問題をハッキリ提起をして、彼らの蛮行を国際社会に訴えたほうが
良いのでは。?彼らは反省なんかしていないと思います。
投資も反日国家から撤退してこういう国へ投資すればベトナムも遠慮なく外国へ断罪の声をあげる事ができるはず。我国もしっかりしないといけない。!

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