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朝鮮人強制連行を考える その二 

他のブログでも大昔に扱ったかもしれぬし、みなさん既にご存知のことかもしれないが、復習を兼ねて。私は初めて見たので、驚きでした。

救う会全国協議会ニュース 2004年1月25日付記事に、注目すべき史料が添付されていたので引用させていただきます。

この史料が示していることは、在日が日本にのさばる根拠となった「朝鮮人強制連行論」がまったくの虚構であるということです。北朝鮮にいたっては、自身の起こした犯罪行為を正当化するのに強制連行を持ち出してきてるが、お話しにならない妄言であることがお解り頂けると思います。

以下引用

参考資料
昭和三十四年五月に法務省入国管理局が公刊した最初の入管白書(『出入国管理とその実態』)では、在日朝鮮人に関する歴史的経緯に関して以下のごとく簡潔にまとめている。その部分を全文引用しておく。

 〈第二章 出入国管理の沿革と現在の機構
   第一節 戦前の出入国管理
     四、朝鮮人の移住
 戦前の出入国管理をかえりみる際に、当時日本国民であり、現在わが国にとつて特殊な外国人としての地位をしめる朝鮮人についても一言しておかねばならない。
 韓国併合の翌年明治四十四年末に日本内地に在留した朝鮮人は四千余人にすぎなかつた。大正中期に以後になって朝鮮人が数多くわが国に移住するようになったが、そのおもな原因の一つは、朝鮮本土の人口増加である。日本統治の開始された明治四十三年の末に約千三百万を数えた朝鮮人人口は、終戦前に三千万近い数(朝鮮本土に二千五百余万・日本内地・満洲・華北・ソ連等に約四百万)に達していた。とくに南朝鮮の農村の過剰人口が鉱工業の未発達な朝鮮内で吸収されないために、低賃金労働者として日本内地に渡航することになった。近距離なので、その移住のあり方は、出稼ぎ的に往来しながら(たとえば、大正十三年の渡航数は約十二万であったが、帰還数は約七万五千であり、昭和十三年の渡航数は約十六万であつたが、帰還数は約十四万であつた。)漸次、都市・工場・炭鉱地帯に定着し、昭和十三年末に在留者は約八十万を数えた。
 大正の中期以後、この朝鮮人労務者の移住は、治安・労務問題の上から社会問題化していたので、政府は行政措置により、生活の見通しの立たないものの渡航阻止を行なつた。その後、戦時態勢の進展にともない日本内地で国民動員計画が進められる際に朝鮮人労務者もふくまれ、昭和十四年から九月から、朝鮮内の指定された地域で、企業主が渡航希望の労務者を募集し、十七年二月からはその募集が総督府のあっせんにより行なわれ、十九年九月からは国民徴用令にもとづいて行なわれた。しかし三月末には、下関・釜山間の連絡船がほとんどとだえ、その募集渡航が行なわれなくなった。(したがつて、国民徴用令による期間は六か月余であつた。)十四年九月以降、日本内地に募集された労務者は、六十三万五千余人となるが、そのうち契約期間がすぎて帰還したものがおり、また職場を離れて他へ移動したものもおり、終戦当時にその事業現場にいたものは、三十二万二千余人であつた。このほかに軍人・軍属として日本内地にいたものが終戦時に約十一万人いた。なお、右の期間中も、従来通り数多くの一般朝鮮人が来往しており、終戦当時には、全在留朝鮮人は約二百万を数えた。 朝鮮人のおもな在留地は、六大都市をふくむ府県、朝鮮に近い福岡・山口・広島県および北海道の炭鉱地であり、以上の十道府県の在留朝鮮人は、内地在留全朝鮮人の約四分の三をしめていた。〉

 〈 第二節 占領下の出入国管理
     一、引 揚
 昭和二十年九月二日、横浜沖のミズリー号でわが国が降伏文書に調印してから二十七年四月二十八日の平和条約発効までの六年八か月の間、わが国の統治権は連合国最高司令官の制限の下におかれ、それまで内務省所管であつた外国人の出入国管理は、総司令部の手に移った。
 総司令部が最初に処理しなければならないことは引揚であつた。海外にある日本軍および一般邦人あわせて六百数十万の引揚について急速な能率的活動をはじめたが、同時に国内にいる外国人およびこれに準ずるものの本国引揚を進めた。
 在留朝鮮人は、終戦直後に帰国をあせり西辺の港に殺到して混乱を起していた。政府はいち早く動員労務者や復員者の優先的輸送の措置をとり、総司令部もその方針をつぎ、またそれにひきつづいて一般朝鮮人の引揚を進めた。朝鮮から引き揚げてくる日本人をのせた船に日本から引き揚げる朝鮮人がのった。帰国熱にかられた朝鮮人は一日もはやい引揚をいそいで終戦から二十一年三月末までに百三十余万のものが朝鮮に引き揚げた。二十一年二月に、総司令部は帰国希望者の実態を把握するために、朝鮮人・中国人・台湾人・琉球人の登録を行なつた。その結果を朝鮮人についてみると、二十一年三月十八日現在、在留総数六四七、〇〇六人が登録し、そのうち五一四、〇六〇人(うち北鮮への帰国希望者九、七〇一人)が帰国希望と登録した。総司令部はその五十一万余人の帰国希望者の計画輸送をすすめて、同年九月末までにその輸送を終了しようとした。
 朝鮮人は、終戦後、解放された祖国へ、大きな期待を持って引き揚げたのであつたが、国土が二分され、経済再建が思わしくなく、生活の見通しのたたないことから、これなら日本の方がまだよいとて、逆航するものが多くなった。一方、その当時に、日本において相当に自由にふるまえたことも、その引揚熱をさます一因ともなり、それまでに引揚を準備したもので思いとどまるものが多かつた。そのため総司令部・日本政府の熱心な努力にもかかわらず、同年夏以後の引揚はまつたく低調になって、二十一年四月以後、その年末までの引揚者は八二、九〇〇人にすぎず、その後、二十二年 八、三九二人、二十三年 二、八二二人、二十四年 三、四八二人、二十五年 二、二九四人という状態であつた。その引揚者をはこぶ船は佐世保から釜山へ一か月に大体一回運航していた。二十五年六月に動乱がおこって、それまでつづけられた集団的朝鮮人の引揚は、終了することになった。
 以上により、終戦当時に二百万を数えた朝鮮人のうち、動員労務者・復員者は、個人の自由意思でふみ止まつたものを別とすれば、全員が優先的に引き揚げた。一般の在留者も約百万人引き揚げた。あと五十万人にちかいものが残ったが、これらの大部分は日本内地に早くから来往し、その生活基盤を日本社会に深くきずいているものであつた。
 なお、在留朝鮮人の中で北鮮に引揚を希望したものは、二十一年十一月に米ソ間に締結されたソ連地区引揚協定の実施により、二十二年三月と六月に合計三五一人が引き揚げた。〉



これは驚きですね。彼ら(朝鮮人)の主張がすべて捏造であったことが、ここに書かれているんだから。

朝鮮人の戦時動員が行われる前年に既に日本に80万の朝鮮人が居着いていたんですね。

そんでもって昭和14年9月以降、日本内地に募集された労務者は、63万5千余人のはずなのに、終戦時には200万人の在日が居るんだから驚きます。そして日本と総司令部が朝鮮人の帰国事業を行っていたにもかかわらず、そのまま居座ったのです。彼らは自由意志で日本残留を決めたのです。

これを見れば、彼らは不幸な在日外国人などではなく、強制連行を楯に日本に居座り、不当な要求を突きつける傲慢な強請、集りの集団であることがわかります。


現在の多数の日本人は強制連行が真実だと信じ込み、売国議員等は在日の特権を許し、まだ足りぬかと地方参政権など更なる特権を与えんとしています。

在日は決して不幸な外国人などではなく、全くの強盗集団なのであります。

日本の未来を思うのならば、在日には祖国に帰ってもらうべきです。
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コメント

同感~!
私も、この文言を見てビックリしました。
多くの日本人が・・・騙されていたんですね。
もう~~いいから、出て行ってよー!
文句~タラタラ言わないで・・・。

日本に居座るには、条件がある。
日本の法律を厳守してからに==!!!

reikoさんコメントありがとうございます。

そうですよね。事実は全くの逆なんですよね。なんで、嘘がまかり通っているのかさっぱり理解が出来ません。

在日だってね、一般の外国人みたいに外国人らしく振る舞ってくれればいいんですよね。でも、実際は都合が悪くなると日本人に成り済ましたり、不当な要求を繰り返したり、ヤクザの構成員になったり、犯罪起こしたりとやりたい放題なんですよね。だから許せない訳です。

日本は日本人のものなんです。地方参政権だなんだって、国民固有の権利を何故悪党在日に渡さなければならないのか。私は絶対に反対なんです。

強制連行を楯に日本に居座る奴なんぞ、まともな在日じゃないです。

誤った歴史認識をもった政治家に日本を任せられません。
自虐史の洗脳から日本人全体が覚醒し、
売国政治家を引きずり降ろさなければ
本当に日本が乗っ取られてしまいます。
教育が、政治が、正しい歴史を教えないのなら、
私たちの手で広げていくしかありませんね。

本当に盗人猛々しい民族です。

wildswan0312さんコメントありがとうございます。
本当ですね。真実を知ってからですね全ては。自虐思想から目覚めて、日本を売り渡す売国奴を政治の世界から引きずりおろさねば何も始まりません。

>教育が、政治が、正しい歴史を教えないのなら、 私たちの手で広げていくしかありませんね。

まさに!ブログの意義はまさにそこにあるとおもいます。頑張りましょう!

日本は民族問題をもともとほとんど抱えていなかった国で、平地の面積が少ない割りに人口も多すぎる。したがってわざわざ海外から他民族をむりやり移民させて受け入れるなんて政策は取ったことがない。外国人労働者の一時的な受け入れは時によってしているけれど、むしろ日本人移民を北米や南米に送り出していたくらいだ。考えてみればわかることなのに、マスコミの情報操作で日本人は考える力を失っているのではないでしょうか?良い資料をありがとうございました。

わかりやすい資料があります。

民団のホームページの「民団と在日同胞の統計」を見たら昭和15年には百万人以上がいますね。
すごいのは46万人以上が無職です!

チャチャさんコメントありがとうございます。

そうですね。戦時動員は例外として、朝鮮が日本に併合されてからは、日本への朝鮮人流入が激しく、治安などの問題からその渡航を制限していたようです。

戦時動員した朝鮮人の数が六十数万人、しかし戦後の在日の数は200万。なぜかその200万人は全員が強制連行の被害者に・・・北朝鮮にいたっては、800万人という途方も無い数字を並べ立てていますが。

本当にマスコミの責任は重いですね。自らが煽りに煽った戦争の責任を全て国家に擦り付けてんですから。

これからもご教授お願いします。

たかさんコメントありがとうございます。

貴重な情報ありがとうございます。参考にさせていただきます。

無職が46万人って。。彼らの生活資金は生活保護ですか。かたや福岡では「おにぎりたべたい」といって餓死する人も居るのに。いったい誰のために政治があるんでしょうね。全ては在日のためなんですかね。。がっかりです。

これからも色々とご教授お願いします。

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