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フィリピンで慰安婦決議案採択 

日本に公式謝罪促せ=慰安婦決議案を採択-フィリピン下院外交委

 【マニラ11日時事】フィリピン下院外交委員会は11日、第2次大戦中の旧日本軍による従軍慰安婦問題で、フィリピン政府に対し、日本政府に公式謝罪や歴史的事実、責任の受け入れを促すよう求める決議案を採択した。フィリピンで従軍慰安婦に関する決議案が採択されたのは1998年以来。本会議での審議日程は今後、議院運営委員会で調整する。
 決議案は昨年7月末に米下院で従軍慰安婦決議が採択されたことを受けて、翌8月に女性政党ガブリエラのマサ議員ら7人が提出していた。委員会での採択について、同議員は「大きな一歩になる」と評価。クエンコ外交委員長は「(本会議でも)すべての政党の支持が得られると考えている」と語った。

時事通信 2008年3月11日付記事



フィリピンでのこの動きは、日本にどれだけ影響を与えるでしょうか。。

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鴻さんのコメントでいただいた情報載っけさせていただきます。

フィリピンで強制連行されたと証言したフィリピン人女性の証言です。

「それが地獄の始まりだった」、元慰安婦抗議の叫び - フィリピン

【マニラ/フィリピン 15日 AFP】1943年、当時14歳だったVirginia Villarmaさん(78)は若さと純潔を奪われた。その時の出来事を思い出すたびに、深いしわが刻まれた顔が涙で泣き濡れるという。

 Villarmaさんは食べ物を手に入れるためマニラ郊外の通りを歩いていた時、突然、日本兵の集団に襲われた。動物のように軍用車の後座席に投げ入れられると、港にある兵舎の一室へ連れて行かれ、そこで服をはぎ取られ3、4人の兵士に繰り返しレイプされたという。Villarmaさんが悲鳴を上げ相手を殴って抵抗すると、失神するまで殴られたり蹴られたりした。

「静まりかえった部屋の中で意識が戻ったとき、体中に激しい痛身を感じました。その痛みはその後も消えず、今も残っています。その日から3か月間、朝から夜まで毎日虐待され続けました。あれは私の一生で一番長い3か月でした」

 VillarmaさんはAFPの取材に応じて、ピンクのハンカチを指に巻きながら静かな声で語った。

「それが地獄の始まりでした。当時何が起きたのか、そしてなぜ私たちが日本政府に過去の過ちについての正式な謝罪を求めているのかを、大勢の人に知ってもらいたいんです」

 取材中に時折、言葉に詰まると金縁の眼鏡をはずし、目にあふれる涙をぬぐった。

 3か月後、連合軍の爆撃のおかげで、Villarmaさんはやっとのことで兵舎から逃げ出すことができた。だが、彼女の人生はその出来事を境に一変した。

■安倍首相の発言に抗議の声を上げる女性たち

 その後Villarmaさんは結婚したが、数年後にVillarmaさんが日本兵の慰安婦にされていたことを知った夫は、彼女と5人の子どもを置き去りにして去っていった。

 第ニ次世界大戦時の従軍慰安婦問題で、安倍首相は今月、「旧日本軍が従軍慰安婦への強制性を裏付ける証言はない」と発言。これを受けて、忘れ去られていた従軍慰安婦の問題が再び注目される形となり、元慰安婦だった大勢の女性が抗議の声を上げた。

 そのほとんどはアジア圏の女性だ。大半は慰安婦だったことが理由で一度も結婚できずにいる。中には社会から隔絶した生活を送っている女性、虐待により子どもの産めない体になった女性などもいる。
 
 日本政府は戦時中に起きたこの出来事を無視しようとしているが、がVillarmaさんのように慰安婦として虐待された女性たちは、決してそうはさせないと決意しているという。

 アムネスティ・インターナショナル(Amnesty International)がまとめた報告書によると、戦時中、強制的に慰安婦にされた女性はインドネシアから中国まで多数の国で計約20万人に達する。その中で一番若い女性は当時12歳だった。

 第2次大戦後、日本の戦争犯罪を起訴するために設置された極東国際軍事裁判所(International Military Tribunal for the Far East)の法廷では従軍慰安婦問題は無視された。

AFP BB News 2007年03月15日付記事




フィリピン人元慰安婦等が日本政府を訴えた裁判については、以下のような判断が下されている。


◇フィリピン人元慰安婦の控訴棄却 東京高裁◇


太平洋戦争中、旧日本軍が占領していたフィリピンで「従軍慰安婦」にされて性的暴力を受けたとして、フィリピン人の女性46人=うち10人が提訴後に死亡=が日本政府を相手に1人あたり2000万円の損害賠償を求めた訴訟の控訴審判決で、東京高裁は6日、請求を全面的に退けた一審・東京地裁判決を支持し、元慰安婦側の控訴を棄却した。新村正人裁判長は、元慰安婦らに法律上の損害賠償請求権が存在しないことを理由として説明し、一審と同様、実際の被害状況などの認定には踏み込まないまま主張を退けた。

1990年代前半から相次いで起こされた旧日本軍の元慰安婦らによる国を相手取った訴訟のうち、高裁段階で判決を迎えたのは、先月30日の在日韓国人慰安婦訴訟の東京高裁判決に次いで2件目。判決は、戦後補償をめぐる多くの裁判で示された法律上の救済の困難さを改めて示すものとなった。

新村裁判長は、旧日本軍の行為を「国家の権力的作用による公法的色彩の強い行為」としたうえで、旧憲法下では国の権力的作用による不法行為があっても、国が民法上の損害賠償責任を負うことはないとする「国家無答責」の原則を挙げて、民法上の請求権を否定。「仮に請求権があるとしても、請求できる期間は過ぎており、消滅している。戦後のフィリピンの政治情勢のもとで個人の権利主張が困難だった事情は理解できるが、その事情で期間を延ばすことはできない」と述べた。

さらに、交戦国に占領地で「個人の生命」などを尊重することを求めた「ハーグ条約」を根拠とした個人の請求権も認めなかった。元慰安婦側は控訴審段階から「国会議員には救済のための立法を怠った違法がある」とも主張したが、判決は「国会議員は立法に関して国民に政治的責任を負うにとどまり、法的義務はない」として退けた。


朝日新聞ニュース速報  2000年12月6日付



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コメント

もうご覧になったと思いますが
従軍慰安婦に関する外務省の見解と経緯の詳細。ふざけてます。

こんだけ謝罪したし、こんだけ償ってきたんだからもう許してよ、という姿勢。涙が出ます。

これは日本人によって強制的に従軍慰安婦にされたと証言するフィリピン女性です。
http://www.afpbb.com/article/1417133(2007・3月)

いずれにせよ、個人からの賠償要求は認められていないはず。
フィリピンって賠償金つり上げる為に、
モンテンルパ刑務所の戦犯を殺したんでしたね。

鴻さんコメントありがとうございます。

私も見ました。。「もう止めてくださいよぉ~国連だって評価しているのにまだ足りないんですか~どんだけ謝れば良いんですか~。。。。」嗚呼(涙)

フィリピン女性の証言!これ後付けで載っけさせていただきます。

>いずれにせよ、個人からの賠償要求は認められていないはず。

日韓の間では「個人からの賠償要求」は認められていないですが、フィリピンの場合はどうなんでしょうか。ちょっと調べてみます。

>フィリピンって賠償金つり上げる為に、
モンテンルパ刑務所の戦犯を殺したんでしたね。

げぇ!そんなことしてたんですか。。私この辺全然詳しくないので、是非勉強してみます。

色々情報ありがとうございます。

色んな国でやってますね・・・・・
ここらへん、日本も見習って欲しいと思うくらいです・・・

usakazeさんコメントありがとうございます。

ホント困ってしまいますね。。どんどん日本の印象が悪くなってしまう。政府も女性の人権問題とあらば黙って入られないですからね~。

日本も見習う、、、日本は何故原爆や東京大空襲などの虐殺に黙りなんでしょね。

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