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イジメ・ポイ捨てはウンコをする事よりも恥ずかしいんだぞ運動 

 ~今日は少々不真面目で少々下品な記事です。軽く読んでください。~
 
 イジメをしてはいけない、ゴミをポイ捨てしてはいけない。これらは皆が幼少の頃から言われてきている事だろう。少なくとも筆者は言われてきた。

 しかしイジメやポイ捨てなどは無くなる気配はない。筆者にもポイ捨てやイジメの経験が無いとは言えないが、昨今のいじめの陰湿さには背筋がゾッとする。ポイ捨てにおいても然りである。独身でなければ恐らくは子の父であろう中年の男性が、堂々とタバコの吸い殻を捨てる行為を、私はよく目の当たりにするが、一体家庭ではどういう父親なのかと呆れてしまう。ここで注意できない筆者の臆病ぶりにも呆れてしまうのだが・・・orz  

 いじめが起き、自殺者が出るとメディアは一斉に騒ぎだす。そして親・学校・教育委員会・国での罪の擦り付けが始まる。結局のところこれは、大人の子供に対する責任の放棄である。その大人達が口を揃えて言う事は「イジメはしてはいけない!」「死ぬな!」「いきていれば・・・」の決まり文句である。子供達もそんな事は百も承知であろう。そんなことだからまたイジメが起き、自殺者がでる。そして・・・の繰り返しである。「~してはいけない!」がどれほどの効果を上げているのかは大いなる疑問である。
 ポイ捨てにおいても、テレビCMや大人の注意・ポスター・立て看板の効果がどれほどのものかは、皆さんの身の回りを見ていただければ、それがいかに無力であるか理解していただけるものと思う。
 

 今までの努力が無駄だとは言わない。声をあげ続ける事は大切である。しかしそれでは不十分であるから新たな方法を考えてみる必要があるのではないだろうか。

 そんな事を考えているときにふと思い出したことがあった。それは筆者が小学校に通っている頃のことである。幼い筆者は便意を催したが近くのトイレには行けず、離れの校舎の人目につきにくいトイレに駆け込んだ。なぜなら、近いトイレに駆け込めばそれを同級生に見られ、「○○がうんこしてるぞー!」などとからかわれる恐れがあるからである。(筆者体験済み)そのため、かなりの児童が我慢をするか、もしくは筆者同様離れたトイレでこっそりと用をたしていたのである。実際に我慢の限界を超えお漏らしをしてしまった友人もいた。
 これは今現在も続いている問題である。問題の原因は、単純に臭いや音を気にすることからくる恥ずかしさや、からかわれる事を恐れるなどがある。筆者は子供と接する機会を持っているので子供に話を聞いていてもやはり学校でするのは恥ずかしいそうだ。排泄は生物のあたりまえの行為であるのに小学校中高学年の児童にとっては恥ずかしい行為で意地でも学校では大便をしないのだ。
 羞恥心の力たるや恐るべしである。

 イジメやポイ捨てに対する意識を”学校での大便”レベルまで持ってくる事ができれば、なかなかの効果をあげられるのではないだろうか。会津藩 日新館の教えに「ならぬことはならぬものです。」とあるように、してはいけない!という教えは無論大事であるが、それだけでは押さえられない世になってしまったのである。時代に合う方法を探してみなければますます学校は荒廃してしまう。保護者・学校・地域社会・国が一緒になってこの運動を展開すれば必ずや効果をあげるであろう。

  しかし恥ずかしさをものともしない強者が現れたらどうするのか・・・ 研究の余地ありか。。

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